漢字直接入力の今後
TUTコードに限らず、世の中の数ある漢字直接入力方式(略して漢直入力)のゆくえは、これから社会で一体どうなっていくのでしょうか。
最近は老若男女を問わず、スマホを持つ人が増えてきて、どこに居てもタッチパネルで文字入力を行う人が多くなっているのではないかと見受けられます。 このような現状であっても職場や家庭では、まだまだキーボードでの文字入力はなくならないのではないでしょうか。
PCのキーボードで、ローマ字入力だけの経験しかない人も多いと思いますが、そういう人は漢直と聞いただけで、「ちょっと頭おかしいんじゃない?」というような嘲笑をする人さえ見受けますが、これは漢字を覚えて打つ場合に、意識的な記憶の努力をしなければならないというような思い込みが先に出てしまうのだと思います。
漢直を覚える場合には、体で覚える無想式(文字を見ただけで、指が自然に動き出す方式)で練習すれば、少々習得には時間はかかりますが、楽に漢字を直接打つことができます。しかし、ローマ字入力から漢直入力へ移行するときには、ちょっとした心理的なブレイク・スルーが必要なようです。
次に、キーボードではなく手書き文字認識による入力方法というものがあります。これは私自身も読み方は分かっても漢直入力ができない、難しい漢字を入力する場合にIME機能(日本語入力システム)の一部として利用することがありますし、最近は漢字を書く練習の代りとして、携帯端末にペンを使って漢字の書き取りの練習をしているビジネスマンも見受けられます。
やはり便利な機能だと感じておりますが、日常の文字入力でこの手書き入力方式を使うとすると、とても速度が遅いために大きなストレスを感じてしまいます。このような理由から日常の日本語入力業務に手書き文字機能を使うというのは、難しいのではないかと考えております。
また、主に1970年代から80年代にかけて、さまざまなキーボードを利用した日本語入力方式が多く提案されてきましたが、同時に音声認識による入力方式も精力的に各地で研究開発がなされてきたのではないでしょうか。
しかし、21世紀初頭の現在ではキーボードによる日本語入力と並んで音声認識を利用した日本語入力が実用的になってきつつあります。日本人がゆっくり話をしてもキーボードを打つ速度より話す語数の方が多いことから、音声認識技術が問題なく実用化されれば、音声認識を日常利用する人は増えるはずです。 最近のAIブームで、誰でも簡単にAIを利用できるようになりました。音声ファイルをAIサイトにアップロードすると、自動的にかなり正確な日本語文字に書き起こしてくれるようになってきました。 サイトによっては処理できる音声ファイルの時間制限(例えば4~5分までとか)があったり、文字に書き起こした後で細かな修正を行ったりする場合もありますが、随分と実用的になってきたと思います。
現代日本語には気の遠くなるような数の同音異義語というものが存在します。例えば名詞の「とうこう」は「東光」、「登校」、「投稿」、「陶工」、「灯光」などさまざまあり、「とる」という動詞を考えても、「獲る」、「取る」、「捕る」、「執る」、「撮る」など同じ音でもさまざまな異義語が存在します。こういった日本語特有の事情も最近のAIを利用した音声認職では前後の文脈を類推して適当な漢字を選択してくれるようになってきました。ただし、発話者の発音が不明瞭なものであったり、方言等のAIが認職できない言い回しがあったりする場合は、やはり難しい点があるようです。
PCがビジネスの道具として、一人一台が当り前のように使われている現在の社会状況では、日本人にとって日本語入力はどうしても避けて通れないものとなってしまっているのは明らかです。このためほかにもっと便利な方法があれば飛び付くのだけれども、オフィス内では長時間の音声入力は疲れるし、周囲に気を遣う場面もあるので、やっぱり日常はキーボードに頼らざるを得ないというのが多くの人の本音ではないでしょうか。
また、電子メールやチャットでのやり取り、またAIに仕事の依頼や、たくさんの手書き原稿を見ながらコピータイプをした経験がある人ならば、もっと速く楽に入力ができたら良いのにと誰もが感じた経験があると思います。
このような社会的な背景にあって、誕生したのが漢直入力ということですが、習得すればある程度の入力速度と快適さが得られる半面、習得するまでに時間がかかるというのがもっぱらの定説になりつつあるようです。(これは否定しませんが、練習するときの心理的な苦痛というものは経験上ほとんどありませんでした)
今後、この漢直入力という分野でユーザーがさらに増えるのだろうかという疑問はありますが、最近は現役の高校生でも日本語ワープロ2級を取得する人も出ているようです。中には今まで自分がやっていた方式では入力速度が伸びないという悩みを抱えている人は、一度漢直を試してみる価値はあると思います。
さらに、私自身はTUTコードが漢直入力において一つの完成したコード体系であり、満足しているとは決して思ってはいませんし、2009年、新たに常用漢字の見直しがされていたということもあって、より改良された漢直入力のコード体系がどんどん研究開発され、世の中に出たとしても不思議ではないと思っています。
一方、日本語入力は文章作成だけでなく、情報処理の分野でプログラミングの中にも日本語をもっと多用するべきだと考えております。私個人的には決して国粋主義者というわけではありませんが、すべて英語だけでプログラムを書くことは日本人の思考としてかなり不自然なことではないかという自分自身の経験から、できるだけプログラミングの中では日本語を多用するべきだと考えております。
こういうことからも日本語をスムーズにタイプできるということは、社会人として非常に大切なことだと考えておりますので、経験上、漢直を習得することはとても価値あることだと考えています。
これから社会の中で漢直入力は面白くなっていくのか、それとも衰退して消えてしまうのかどうかは今のところよく分かりませんが、キーボードによる漢直入力という技能は社会の中で継承していってほしいものだと願っております。
新たな入力方式への提言
私が社会に出た20代前半の頃は、ローマ字入力を使っていましたが、やはり30代半ばになって、ローマ字仮名漢字変換での入力速度に限界を感じて、TUTコードの入力方式を練習しました。 そして、これまで25年以上にわたり、TUTコードによる漢字直接入力方式を主な入力方式として、日常使用してきた経験があります。
その経験を踏まえて、より一般的に使ってもらえる入力方式として、提案したいことをいくつか述べたいと思います。
まず、仮名入力で感じることは、TUTコードでは左右のバランスが偏っているような違和感があります。 それは、仮名を2打鍵1文字で入力した場合、TUTコードでは、仮名文字は左手→右手の交互打ちとなります。(濁音、半濁音、拗音は3打鍵ないし4打鍵のため、ここでは議論しません) 従って、左手の2指(異指)、左手の1指(同指)、右手→左手の交互打ち、右手の2指(異指)、右手の1指(同指)などの打ち方が、TUTコードでの仮名入力にはありません。
一方、ローマ字入力(QWERTY鍵盤)において、2打鍵1文字入力には次のような交互打ち、片手打ちの種類があります。
左手→右手の交互打ち 「しすそちつとをりるろを(ぎぐごじずぞぢどづびぶぼ)」
右手→左手の交互打ち 「かけなねはへまめや(ぱぺ)」
左手の2指(異指)打ち 「させたてられわ(がぜだばべ)」
右手の2指(異指)打ち 「くこにのひほみもよ(ぴぷぽ)」
左手の1指(同指)打ち 「(げざで)」
右手の1指(同指)打ち 「きぬふむゆん」
(括弧内は半濁音、濁音)
以上のように、左右の手で、それぞれ対称の打ち方がありますし、これに加えて母音を1文字で入力(左手「あえ」、右手「いうお」)できることによる仮名入力の高速性は、よく知られているのではないでしょうか。 ローマ字仮名入力のユーザーが、これから離れられない要因の一つには、手の負担において、左右のバランスの良さがあると見られます。
TUTコード入力の真価が発揮されるのは、何といっても漢字を直接入力できることが前提ですから、漢字が直接打てるようになって、はじめて打ちやすいと感じるのではないかと考えています。 従って、ローマ字仮名漢字変換が、いかにわずらわしい作業だったのかを初めて体感するきっかけは、TUTコードで漢字を直接入力できるようになってからではないでしょうか。
しかし、ローマ字入力からTUTコードに転向しようとする人の場合に、まず、TUTコードの仮名を練習しますが、このときに、ローマ字入力に比べて違和感を覚えて、なかなか漢字入力までつながらない方々も、随分いらっしゃるのではないかと心配しています。
以上のことから、次の提案をさせていただきたいと思っています。
・新たな方式では、仮名入力には両手のバランスを考えて配置する。
・ローマ字入力ユーザーからの転向者でも、スムーズに移行できるよう、仮名入力に配慮する。
・漢字直接入力総数は、2525文字でなくても、新常用漢字程度で可。
・2打鍵入力725文字で、新聞漢字の90%以上を打つことに、特にこだわらなくても可。
・基本漢字については、単漢字の出現頻度だけでなく、熟語の打ちやすさに十分配慮する。
・使用頻度の小さい漢字コードは、ユーザー各自で柔軟にカスタマイズすることも可。
などなど勝手なことを並べてみましたが、一度TUTコード入力に慣れてしまうと、別の漢字直接入力方式を試してみようという気持ちには、なかなかなれないのが実情のようです。 また、時々仕事の都合で、よそ様のところに行って、パソコンで日本語入力をする場合には、やはりローマ字入力をする機会もありますので、これも使えないと実際困るというのが本音のところです。
世の中には自分愛用の万年筆を作るように、理想の日本語入力方式を日夜考え、努力されている方々が大勢いらっしゃると思いますので、その方達の布石の一部にでもなれば幸だと考え、提案をさせていただきました。しかしながら、そういう筆者もTUT-CODEから離れられずに還暦を超えてしまいました。(笑)